「むし歯が歯ぐきの下まで進んでいるので、抜くしかありません」
「かぶせ物をしたのに、歯ぐきの腫れがずっと治らない」
そう言われて、困っていませんか。
むし歯が歯ぐきの奥深くまで進んでしまった歯は、「もう抜くしかない」と判断される場合があります。しかし、歯の根がしっかり残っていれば、抜かずに残せる方法もあります。
それが、歯冠長延長術(しかんちょうえんちょうじゅつ)と歯根挺出(しこんていしゅつ)という治療です。この記事では、なぜ深いむし歯が抜歯と言われやすいのか、そしてどうすれば残せるのかを、歯周病専門医の立場からやさしくご説明します。
「歯ぐきの下のむし歯」や「治療後に治らない歯ぐきの炎症」は、実は歯を残せるかどうかの分かれ道になりやすい部分です。
ここは歯を専門に守る歯周病の知識と技術が活きる場面です。抜くと判断される歯の中にも、少し工夫をすれば残せるものが確かにあります。あきらめる前に、一度その可能性を確かめてほしいと思っています。
※ 本記事は、日本歯周病学会 歯周病専門医の監修のもと、学術論文を参考に作成しています。
目次
- なぜ「歯ぐきの下のむし歯」は抜歯と言われやすいの?
- 「治療したのに歯ぐきの炎症が治らない」のはなぜ?
- 残す方法①:歯冠長延長術
- 残す方法②:歯根挺出(歯を引っ張り上げる)
- どちらの方法が選ばれるの?
- 治療の流れ・期間・費用の考え方
- よくある質問(Q&A)
- まとめ
1. なぜ「歯ぐきの下のむし歯」は抜歯と言われやすいの?

かぶせ物(クラウン)でしっかり歯を守るには、歯ぐきの上に、健康な歯が一定量(数ミリ)残っていることが必要です。この「健康な歯の輪」が、かぶせ物を安定させる土台になります(専門的にはフェルール効果と呼びます)。
むし歯が歯ぐきの下まで進むと、この「土台の輪」が足りなくなり、かぶせ物が長持ちしないと判断されます。
その結果、「残しても、どうせすぐダメになる」→「抜歯」という診断になることが多いのです。実際、歯ぐきの下に及んだむし歯は、そのままでは抜歯になりやすいことが報告されています(Wong ら, 2018年)。
でも、足りないのは「歯ぐきの上に出ている健康な歯の量」だけ。ここを増やせれば、残せる可能性が出てきます。
2. 「治療したのに歯ぐきの炎症が治らない」のはなぜ?

歯ぐきと歯の間には、体を細菌から守るための組織のバリアがあります(生物学的幅径/せいぶつがくてきふくけい)。
かぶせ物や詰め物の縁が、このバリアを侵すほど深い位置にあると、体が「異物が入り込んでいる」と反応し続け、歯ぐきの腫れや出血がずっと引かないことがあります。しっかり掃除しても治らない炎症は、これが原因のことがあります。
この場合も、解決策は同じ——詰め物・かぶせ物の縁を、バリアを侵さない位置まで“ずらす”ことです。そのために使うのが、次の2つの方法です。
3. 残す方法①:歯冠長延長術

歯冠長延長術は、歯ぐきや、その下の骨を少し下げて、隠れていた健康な歯を歯ぐきの上に出す治療です。
これにより、かぶせ物の土台(フェルール)を確保したり、深すぎた縁をバリアの外に出したりできます。歯周外科の技術を用いる処置で、歯を残す・炎症を落ち着かせるうえで有効です。歯冠長延長術の臨床成績を評価したシステマティックレビューでも、その効果が検討されています(Al-Sowygh, 2019年)。
向いているケース:奥歯など、多少歯ぐきの位置が変わっても見た目に影響しにくい部分/複数の歯にまたがる場合。
4. 残す方法②:歯根挺出(歯を引っ張り上げる)

歯根挺出は、発想を逆にした方法です。歯ぐきや骨を下げるのではなく、歯(歯の根)のほうを、矯正の力でゆっくり引っ張り上げることで、歯ぐきの下に隠れていた健康な部分を、上に引き出します。
歯を数ミリ挺出させることで、深かったむし歯や割れの縁が歯ぐきの上に出てきて、かぶせ物ができるようになります。骨や歯ぐきを削らずにすむため、とくに前歯など、見た目が大切な部分で選ばれることがあります。
実際に、歯ぐきの下まで及んだむし歯・破折の歯を、歯根挺出と歯冠長延長術を組み合わせて残した症例が報告されています(Pontons-Melo ら, 2021年/Wong ら, 2018年)。
5. どちらの方法が選ばれるの?
どちらにも長所があり、歯の状態・場所・見た目の重要度によって使い分けます。
- 歯冠長延長術:奥歯や、複数歯にまたがるケースに向く。比較的短期間。
- 歯根挺出:前歯など見た目が大切な部分に向く。骨や歯ぐきを温存できる。
- 両方の組み合わせ:難しいケースでは、2つを併用してより確実に残すこともあります。


・治療内容:深いむし歯により歯ぐきの下まで歯質が失われた歯に対し、部分矯正による歯根挺出および歯冠長延長術を行い、かぶせ物で修復した症例です。
・治療期間:約6ヶ月(治癒待機期間含む)
・費用の目安:歯根挺出+歯冠長延長術110000円+セラミッククラウン165000円(税込 自費治療)
・主なリスク・副作用:術後の痛み・腫れ、歯ぐきの退縮や知覚過敏、挺出した歯の後戻り、症例によっては適応とならない場合があります。
・治療効果には個人差があり、すべての方に同様の結果が得られるとは限りません。
大切なのは、「その歯の根が、残す価値のある状態か」を正確に見極めることです。
歯の根が大きく割れている、支えの骨がほとんどないといった場合は、残すことが難しいこともあります。精密な検査(レントゲン・必要に応じてCT)で判断します。

6. 治療の流れ・期間・費用の考え方
一般的な流れは次のとおりです。
- 精密検査・診断:むし歯の深さ、根の状態、支えの骨を確認します
- むし歯・感染の除去、必要に応じて根の治療
- 歯冠長延長術または歯根挺出で、健康な歯を歯ぐきの上に出します
- 治癒を待つ:歯ぐきの位置が安定するまで一定期間おきます
- かぶせ物などで最終的に修復
期間は方法や歯の状態によって異なり、歯根挺出では歯を動かす時間が必要になります。費用は、自費診療になる場合があります(用いる方法や修復物によって異なります)。検査のうえで、方法とあわせてご説明します。
7. よくある質問(Q&A)
Q. 他院で「抜くしかない」と言われましたが、本当に残せますか?
A. 歯の根がしっかり残っていれば、残せる可能性があります。ただし、根の割れや支えの骨の状態によっては難しいこともあり、まずは精密検査での見極めが必要です。
Q. かぶせ物をした歯の腫れが治りません。作り直せば治りますか?
A. 縁が深すぎて組織のバリアを侵している場合は、単に作り直すだけでは再発することがあります。歯ぐき・歯の位置関係を整えたうえで作り直すと、落ち着くことが期待できます。
Q. 痛みや期間はどのくらいですか?
A. 歯冠長延長術は外科処置のため術後に多少の反応が出ることがあります。歯根挺出は歯を少しずつ動かすため、一定の期間が必要です。いずれも個人差があり、事前にご説明します。
Q. 保険は使えますか?
A. 方法や修復物によって、保険適用の場合と自費の場合があります。診断のうえで、選択肢と費用の考え方をお伝えします。
8. まとめ
- 歯ぐきの下まで進んだむし歯は、土台(フェルール)が足りず抜歯と言われやすい
- 治らない歯ぐきの炎症は、かぶせ物の縁が深すぎることが原因のことがある
- 歯冠長延長術(歯ぐき・骨を下げる)や歯根挺出(歯を引き上げる)で、健康な歯を出せば残せることがある
- 残せるかは根の状態しだい。精密検査での見極めが大切
「深いむし歯だから抜くしかない」と、あきらめてしまう前に。
その歯の根に残す価値があるなら、歯を引き上げたり、歯ぐきを整えたりして、残せる道を探せることがあります。他院で抜歯と言われた方も、治らない歯ぐきの腫れにお困りの方も、一度ご相談ください。
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参考文献
本記事は、PubMed(米国国立医学図書館の文献データベース)に収載された以下の学術論文を参考に作成しています。
1. Al-Sowygh ZH. Does Surgical Crown Lengthening Procedure Produce Stable Clinical Outcomes for Restorative Treatment? A Meta-Analysis. J Prosthodont. 2019;28(1):e103-e109. doi:10.1111/jopr.12909
2. Pontons-Melo JC, Garcia IM, Melo MA, Collares FM. Single-Tooth Rehabilitation Combining Root Displacement and Crown Lengthening Two-Year Follow-Up: A Case Report. Oper Dent. 2021;46(3):246-254. doi:10.2341/20-110-S
3. Wong L, Tew IM, Mohamed AM, Abdullah D. An Interdisciplinary Approach for Management of an Extensive Carious Premolar. Iran Endod J. 2018;13(3):403-406. doi:10.22037/iej.v13i3.20871
※ 本記事の内容は一般的な情報提供を目的としており、個別の診断や治療の推奨を行うものではありません。歯を残せるかどうかはお口の状態によって異なります。具体的なご相談は当院までお気軽にお申し付けください。
